ね・・
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午後洗濯物を持って母の病室へ。
テーブルの上にメモがあった。
「動きやすいトレーニングウエアー。
ズック靴」明日からのリハビリ用。
母は家に帰りたがっている。
庭の花も葡萄も気にかかるのだ。
猫が一匹待っている。
頑張って入浴のコツや、歩き方の注意をマスターしたら家に帰りたいと・・・。
みんなに迷惑かけるけれど、家で過ごしたいと、泣いた。
心臓が相当悪い状態なこと、塞栓症はこれからも予想され、そうなったら危険覚悟とのこと・・母もある程度納得しても尚家に帰りたいのだ。よく解かる。不自由でも、家が良いと思うのだ・・。父が3年間右半身不自由で私がリハビリに付き添っていた頃、「リハビリさせなくても良いんじゃない・・?縁側で日がな一日日向ぼっこさせておいたらどうかな・・・」と言って母に叱られたことがあったが、母は 今はそう思う・・・と言った。
友だちを作るタイプではないし、わがままだから・・と・・母は 自分のことを言った。
いろいろ整理もしたいし・・というので私は気になっていることをもう少し話した。
「おかあさん、私の友達も何人か亡くなったんだよ・・。お葬式で悲しかったけれど
友人のきれいな遺影を見て嬉しく思ってから、私は毎年、もし私に何かあったら、
ここにある写真を使ってね・・と家族に言ってあるけれど、お母さんは考えている
写真はある・・・?3年後か10年後かわからないけれど、お母さんも私も必ず死ぬからね・・」と。すると母は良いと思う物が一つあるけれど・・と言ったのであとでそれを見せてもらうことにした。これで気にかかっていた一つは解決だ・・・。
さて・・・運動着・・・。母はあんまりそんなものは持っていない。
普通のセーターとズボンでもいいと思ったが
父が亡くなる前、リハビリ用に買ってあげた。母にも新しいものをプレゼントしようと思い、スポーツ店に行って、母に合いそうなものを買った。
あっという間に時間が過ぎる・・いつも・・・・。
今日の外出のメインは孫の誕生日プレゼントを買うことだった。
今は少し離れた町で暮らしている孫にどうしても今日中に宅急便を送りたかった。
「ジジ、まりちゃん・・Rが欲しいのは○○です~~!Yは春になったらピッカピッカの黄色いランドセル。ママはピンクが良いかなって言うけれどYは黄色が欲しいんだ!」と孫娘から何枚ものお手紙が来ていた。おぉ・・いいぞ・・ピンクよりは黄色の方が好きだぞ・・まりちゃんも・・。だけど黄色のランドセルってあるかな・・?探してみるね・・。絵入りの手紙・・・。いつもながら面白い。Rが誕生日に欲しい○○はジジが、そして二人に着るものいろいろ・・私が買うことにしていた。その前に・・と思って母の所に寄ったら、テーブルのメモ・・。さぁ・・どっちも買おう・・と出かけたが、なかなか思うようにいかないのだ・・・全て・・・。
言われたズックはスポーツ店にはなかった。母があの店にあるはずだといった店は、店員さんが素っ気なく「ありません」と言った。・・・みんな 大変なのだ・・・・。
以前母に靴を買ってあげた三つ目の店で、買えた。初めからココに来ればよかったナ・・。でもウエアとズックは一緒に買えると思ったんだ・・・。
時間はどんどん過ぎる・・・思ったことの半分ぐらいしか出来ないな・・・毎日・・と・・
何となくため息をつきたくなった。
それでも今日の良かったことは、母と状況を確認し合えたこと。
車で走っている時に雫石川の河川敷、駅裏方向の遙か向こう側に▲の姫神山が見えた。
灰色の雲の間にきれいな青空も見え、・・きっと・・こんなものだ・・・みんな・・と 妙に心が納得した。
孫達への宅急便は仕事を終えた夫が7時過ぎてから持ち込みしたとのこと。
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一昨日も今日も体温が37、4度。
普段は35度台の母には少し高い体温。
心臓弁膜症は以前から。
MRIで小さな血栓が右脳に二つ。即入院となった。
一週間は安静にして点滴と言われたけれど、ご飯の時はソロリそろりベッドからおりて
椅子に腰掛けちょっと見、どこもなんともないような様子でご飯を食べる。
実際は左手足に軽い障害が見られる。
86歳。150センチ欠ける母は、いつも実年齢よりは若く見られてきたけれど
たった4~5日でも、安静にしてベッドにいた母は、家にいるときよりも急に歳をとったような感じに見えた。
一度こんなことがあると、再度・・の確立は高くなり、血栓が飛ぶ場所によっては
致命傷になると聞くと、大きな不安を抱えたことになる。
病院に行くと母は昔の話ばかり聞かせたがる。
延々と話し続けるので、疲れるからお休みしよう・・と言うのだが
母の話はなかなか切れない。
主治医の先生から病状の説明を受けた時、
いよいよそんな時が来たか・・と思ったものだったが
母の切れない話を聞いていると、まだまだいつまでも長生きしそうな強さを感じる。
生きていて欲しいと思う。
病院の帰り、雨。
真っ暗な夜を少し遠回りドライブして帰った。
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思うように行かないのが・・なんとか・・・
やらなければならないことがあって、しかもそれが本当に厭なことだったりすると
頭ではわかっていても、心や身体がそれに向かって動かないのだ。
テスト前だからテスト勉強をしなければならないのに映画に行ったり、小説を読み始めたりするようなものだ。時間がないのに、つい・・・の行動をしてしまう。「つい」はやらなければならないことにとっては「いけないこと」だが、心や精神にとっては、なくてはならないもの・・・本当にしたいこと・・。
今日、
一見変わりがないような母に、ちょっとだけ心配なMRIのデーターが出て
入院手続きをとった。
付き添いは要りませんよ・・と主治医の先生のお話を伺い、個室をお願いし、
入院用意であれこれ忙しく半日を過ごし夕方家に戻った。正直・・疲れた。
私が帰ると連絡しておいた兄や妹が仕事帰りに病院を訪ね母と和やかに話をしたとのこと。顔色もよくいたって健康そうに見えると安心した様子を知らせてよこした。ご飯もしっかりと食べた。86歳。
一ヶ月か二ヵ月後には退院の予定だが、その後のことはいろいろ考えなければならないだろうな・・・・。
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黄色の山吹にはないけれど、白い一重の山吹の花は秋になると
こんなふうに真っ黒の実になり、私は花よりこの実のほうが好きなのだ。
紐やリボンを入れておく引き出しを開けて白いリボンを取り出した。
これは何についてきたリボン?外国からのチョコレート・・?
結ぶとなんだかそれらしい・・・。
私からの小さな花束。
Buon compleanno !
お誕生日おめでとう。
今日は二人のお誕生日。
2歳9ヶ月下のアッちゃん。
これからますます忙しくなりますね・・
身体にはくれぐれも気をつけて
元気でいてください・・・。
美味しいお漬物を持って来てくれるHさん。
いったい何種類のお野菜が入っているのか・・
いつも スペシャル を ありがとう・・・。
これからもずっとそばにいていろいろ教えてください。
穏やかな秋の日でした。 お誕生日おめでとう・・・・
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これ・・。
お魚屋さんから鮭の腹子 2腹買ってきて
人肌のぬるま湯に粗塩を入れてほぐし、何度か同じようにしてきれいに洗って
お酒とお醤油だけで漬け込んだ。
イクラは味の付いているものを買ったことがない。
今秋は3度目のイクラ。季節の味。
イナダも煮て、同時に 野菜や豆腐なども味噌で煮て・・・青みがないな・・と・・
冷蔵庫にあったピーマンも一緒に煮た。ピーマンはすぐ引き上げて盛るときに一緒にする。煮ておくと味がしみて美味しくなるものなど、台所に立つ時は同時に3つの鍋をガスにかけたりする。大雑把な料理だけれど、手早いのだけがいいところかな・・?
15日は満月。
夕方6時前には大きなお月さまが上がってきた。
2階の窓から9階建ての県立中央病院の脇に輝いているお月さまにカメラを向けてみたけれど上手く撮れなかった。ぼやけて、しかも真ん丸いお月さまが歪に撮れてしまったがまあ仕方がない。「・・・しかし・・下手な写真だネェ~」といつか誰かに言われた言葉がチラッと頭をかすめたけれど、UPしよう。
「そちら、晴れてる?お月さまがきれいよ・・見てね・・!」と娘に電話した。
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ゆめをみた
ゆめをみた
いとしあなたにあえるひの
とおいあなたのゆめをみた
ゆめをみた
ゆめをみた
丹下キヨコ、中村メイコ、宮城まりこ、楠トシエ、・・
チャンネルを回して合わせた子ども時代のテレビで実際歌う姿を見ている。
連休だから普段は聴くことのない深夜ラジオをかけながら机の仕事をしていた。
「日本の歌、懐かしの歌」という番組で今夜は戦後ブームを巻き起こしたという三木鶏郎の特集をしていた。名前は知っていても歌と結びついての記憶はなく、経歴などはもちろん知らなかったが、1時間の番組を聞いているうちに、凄い人だったのだと理解した。
「田舎のバスはオンボロ車」「ブギウギ列車」「アイスキャンデー」「夢を見た」などなど
メロディーは漠然と頭にあっても、歌詞をじっくり聴くことがなかった歌を今夜はじっくりと聴いた。一つ一つの歌に、温かいドラマを見るような・・情景がまざまざと浮かぶような歌を聴いた。今はベテランシニアになっている上記の歌手の やわらかくみずみずしい若い時代の歌声を聞いた。深夜のせいか・・私が歌を受け止めるに充分な歳を重ねたせいか・・・とんがっていない歌の数々は 少しモヤがかかりながら夜明け前の私の心に沁みて届いた。
サトウハチローの詩、三木鶏郎作曲の胡桃という歌は
楠トシエが詩を朗読したあとに歌が続いたので、私は思わずそばにあった紙に書きうつしたけれど、録音があまく最後のフレーズは聞き取れなくて間違ったかも知れない・・・。
詩人は小さな胡桃から・・・・こんな詩を作り・・・・凄いなぁ・・
作曲家は 詩の意味がさらに深く伝わるようにメロディーを紡ぎ・・凄いなぁ・・
確かめたくて検索したけれど「著作権発令中」と表示されていた。
くるみ ひとつを さしだして
まるで あなたは おとこのこ
おとぎばなしの おとこのこ
くるみ ひとつを ひざにおき
ちょうど わたしは ゆめみてる
おとぎばなしの おんなのこ
くるみ ひとつを くりぬいて
のぞく くるみの なかのへや
かたく ひみつを まもるへや
くるみ ひとつを なでながら
いざとなったら かくれましょう
かわすちかいを むすぶゆび
*小さな茎を 夏に土にさしておいたら根付いたようで、今日もチコリの花が咲いた。
*ラジオを聞いた東側の部屋の窓から7時を過ぎて撮った写真。いいお天気!
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平泳ぎだけ
25メーターを何度も行ったり来たりできる。
10月に入ってから、忙しい日が続き、プールに行く時間がなかなか取れなかった。
昨日久しぶりに出かけてみると、身体がきつく、ハァハァと息が上がった。何事もコンスタントに続けるということが大事なんだなと思った。
土曜日だけれど夫が用事で帰りが少し遅くなるというので、ご飯の用意をして、初めて夜のプールに出かけてみた。隣の町内だから、車では5分で行ける。1時間だけの予定で6時半過ぎに行ってみると、今日は7時から8時まで30分ずつバタフライとクロールの初級コースが受けられるということで、参加してみた。全く初めてのバタフライ。泳いでみようとも思ったことの無い種目だったが、足と呼吸だけのトレーニングはなかなか面白かった。
泳げないと思い続けてきたクロールもなんとか25メータークリアできた。頑張って泳ごうとするから、肩に力が入り、呼吸が苦しくなるのだとか・・・。隣のコースでは上級者がゆったりと泳いでいた。私も続けていれば、あんなふうに長い距離を優雅に泳げるだろうか・・・?膝痛解消のために入会したプールだが、水中ウォーキングだけでは何となく物足りない。バチャバチャ・・と・・ではなく滑らかにスイスイと・・とりあえずクロールを泳ぎたい・・と思い始めた。初めての夜のプールは、私に、日中より出かけやすいかもしれないとの思いを持たせた。・・仕事や用足しの時間に左右されない。そしてプールの前に化粧を落としたままで後は家に帰るだけだから、気が楽だ。土曜の夜の1時間から1時間半なら無理なく続けられるかもしれない。聞くと隔週で6時半から中級の平泳ぎもあるという。平泳ぎなら、中級でも参加できそうだ。やってみよう・・・
お月さまがきれいだった。
家に帰ると、用意しておいたご飯を 夫がちょうど食べ終わるところだった。
我が家は、夫の仕事場が近いせいもあって、お昼も帰ってきて私の作ったご飯を食べる。温かい出来立ての昼食に、デザートを付け、コーヒーも淹れる。友人に「めんどうね~」と言われ、たまには私もそう思うこともあるけれど、長年続けてきた我が家の習慣であり、そのことがお互い病気知らずで健康に働き続けて来られたことにも繋がるのかもしれない・・と思えば、なかなかこのスタイルは変えられない。だから、三食家で食べる夫にはたまのひとりご飯も、晩酌しながら、気にならないことのようだ。
今夜の晩ご飯のおかずは
お刺身盛り合わせ、お魚屋さん手作りの きりこみ(塩辛)、玉葱と小エビのかき揚げ、湯豆腐南蛮味噌のせ、サラダ。
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古くなった敷布団3枚をいつもの布団屋さんに、
綿を打ち返して、ロングサイズ(220センチ)の敷布団2枚にしてくれるようにと頼んでいたものが出来てきた。
この布団屋さんは純綿でなければ受け取ってくれない。化繊綿が入っているものは断わられる。
綿を足してもらって、今回は布団屋さんが生地が良いと勧めてくれた中から写真の柄を選んでみた。一生のうちで3分の1から4分の1の時間は布団の中にいることになる。
一日を終え布団に横になったとき「あぁ・・布団はいいなぁ~」と思える瞬間は幸せだと思うから、布団は大事に考えたい。
長いこと敷布団は作ってもらった綿布団、上は嵩高のある羽毛布団と決めている。
寒い冬もシーツを敷き毛布にし、毛布丹前と羽毛布団で、電気毛布などは使わずに済んでいる。買うときは値段が高いと思う羽毛布団も軽さと温かさを考えれば納得でき、もう他のものには変えられない。
今回、打ち返して作り直してもらった布団は2枚で21,000円だった。決して高くない値段と思う。
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日付が欲しくてタイトルだけ書き入れておいた。忙しい日だった。
今6日の午後4時になって、やっと前の日を思い出しながら出来事だけでも書いておこうとコーヒーをそばに置き パソコンを開けた。
朝5時半家を出て母の実家に向かった。周囲の山々は上半分だけがきれいに見えて下半分は白い雲か霧に覆われるというとても幻想的な光景だった。山は何てありがたいんだろう・・といつも思う。旭橋を渡り盛南大橋を渡り 母の所に向かう時はとりわけ、真正面に見える志和三山が「ホォ~イ・・ガンバリナァ~」と言ってくれているようで、私は心の中で「ハァ~イ・・!」と返事をする。雲を透かしてボゥ~っと朝日が昇ってきた。
6時から町内の公園の草取り。町内会長さんにまず「いつも母がお世話になっています」とご挨拶をし、ご近所の方達と鎌を動かし草取りしながらお顔を覚えるようにそれとなく努力する。膝をかばって「楽っこ」も持っていった。
草取りは1時間で終りだ。後は母と庭を見たり用足しをしたりして帰ってくる。
行く度に思うことは86歳の母は頑張っているな・・・ということ。父が生きていた頃は、父の世話で大変だったのだろう。あの頃よりは家の中はピカピカで畑の手入れもビックリするくらい行き届いている。そろそろ終りだが赤くなったトマトを採り、キャンベルとポートランドの葡萄も少しもらった。柿もたわわに実をつけている。食用菊、大根、白菜、芋の子が少しずつではあるが順調に育っている。
こんな時に父が縁側でにこやかに穏やかに庭を見れていたら良かったのになぁ・・と思うのだ。
お昼前、新しく来たばかりの新車の試乗に行こうと夫にドライブに誘われた。
安比まで高速を走った。還暦になった夫が10年乗った車を買い替えたのだ。
少し派手な車に思えるが・・・夫は還暦の赤いチャンチャンコ代わりだ・・という。
これは次男のアドヴァイスだったという。還暦だからと落ち着いてしまわないで、車でも新しくして母とドライブして歩いたら・・?と。
考えてみると元気であちこち遊んで歩けるのは生きていればあと10年か15年のところか・・・?だまっていればあっという間の10年のはずだ。さて10年、15年をどう過ごすか・・・?考え方が問われるところだ。
それにしても、親切すぎるナビはいいとしても・・・
私は基本的にアナログ人間だ。遠隔操作でドアが開いたり、キーを差し込んで回さなくてもエンジンがかかったりする車はなんだか信じられない気がしている。スポーツ車ではないがスポーツタイプの車、ハンドル周りにやたら”なんだりかんだり”の機能が付いているのも面倒臭い。何かの時には借りるかもしれないが・・・これは夫の車。私は10年以上乗っているけれど3万5千キロしか走っていないファミリア・・車の中には飾りは一切無し、カバーもクッションも何にも無し・・・の この車が大好きだ。山裾を走り緑の匂いを大きく吸い込んだり、沈む太陽を追いかけながら「ホゥ~」っとため息をついたりするのを見てきてくれた車だ・・・。
ドライブの帰り八幡平の道の駅に寄ってきた。
山葡萄、サルナシ、プルーン、にんじん、ごぼう、ピーマン、ほうれんそう、しいたけ・・あぁまだまだ買ってきた。せっせと野菜をいただこう。
仕事が忙しい時期だ。勉強は少し後回しになる。
今朝、I さんが寄ってくれた。「何を勉強するの?」と・・・。
テレビにまで出ている学年トップだった同級生、彼女には恥かしくて言えないのだけれど・・・私の手元には、コミュニケーション論とか日本語基礎A・Bとか英語などの教科書が既にある。
先日、「生きることは学ぶこと。学ぶことは楽しい」というお言葉をいただいた。
衰える一方の頭を嘆くまい・・・
学ぶことを楽しいと思える自分でありたいと思う。
何事にもタイミングがあるのだという。私は身の回りにグッドタイミングを得たのだと思いたい。
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菊田教授に 1603年イエズス会宣教師らによって編纂された日葡辞書を使って「ESOPONO FABVLAS」を教わったことを思い出す。
1593年に刊行された 天草版 伊曾保物語つまり「イソップ物語り」である。
古活字本と引き合わせながら、辞書を引き引き読み進んだものだった。
壁に張り付いたキリギリスを見て、ふっと昔のことを思い出した。
蟻とキリギリスはイソップ物語の有名な寓話の一つだが、ESOPONO FABVLAS にはそのタイトルでの話しは無い。「Faito,arino coto」(ハイとアリのこと)「Xemito,aritono coto」(蝉とアリとのこと)というタイトルで同じようなストーリーがある。FABVLAS では一つの物語の終りに「Xitagocoro」が記されている。「下心」と読むが・・・「比喩・寓意」のことだ。
Xitagocoro.
To<zano yxeini vogoru monoua yraino nanguini
tcumazzuco<zu: vareto miuo vo>qini fomuru mono
ua mada sono cotobamo finu vchini, menbocuuo
vxino< mono gia.
当座の威勢に奢る者は以来の難儀に
躓かうず、我と身を大きに誉むる者
は まだその言葉も干(ひ)ぬ内に、面目を
失うものぢゃ。
Xitagocoro
Fitoua chikarano tcuqinu vchini ,miraino tcutome
uo sur cotoga canyo>gia: sucoxino chicarato, fima
aru toqi ,nagusami uo cototo xo> monoua canarazu
nochini nanuo vqeideua cano<mai
人は力の尽きぬ内に、未来の務め
を することが肝要ぢゃ、少しの力と、暇
ある時、慰みを事としょう者は 必ず
後(のち)に難を受けいでは叶うまい
今夜は星が見えない。
虫の音だけが冴え渡り
私はしみじみと心の中を覗き込む時間を楽しんでいる。
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「私は健康診断というものをしていません」と言うのを何となく恥ずかしいことと思っていた。「してください」というお勧め文書はもらっているけれど、行きたくなくて行かなかったのだ。ず~~~~っと。
乳癌検診は大分前に一度だけしたことがある。子宮癌検診も一度だけだったような気がする。早期発見、早期治療は大事なこととわかっていても、私は病院が嫌いなのだ。
理由がなく嫌いなだけだ。だからバリウムもMRIも経験がない。「え~~!?」って言われそうで「検診をしていない」と誰にも言わないようにしてきた。
スケートや雪道で骨折は2度しているが、それ以外大きな病気や怪我はしていない。
加齢に伴う膝痛は一時期よりだいぶ良くなり、周囲を見回すと似たような年齢で似たような症状が出ている人がわんさかいて、忙しくてあまり行けないのだがとりあえずプールの会員になった。歯医者は仕方がない。不都合が出れば行く。身体のどこかに自分で「変だな・・」と思うところがあればもちろん診てもらうが、多分最小限で済ませるだろう。
薬も、サプリも飲んでいない。いたって経済的に出来ている身体をありがたいことと思っている。風邪を引いて熱が出たとする・・・。なんとかゴロゴロしてやり過ごそうとするのだが、近所の女医さんの所に診てもらいに行くのは大抵「あなたは人の言うことを聞かないで病院に行かない・・心配しているのに・・」と夫に怒られるから・・の理由でだ。
最近になって、健康診断をしていない人や出来るだけ病院に行かないように日常生活で健康を意識しながら暮らしている人がいることがわかり、何となくホッとしている部分がある。自分の身体、おかしいぞ・・・と思えばもちろん、診てもらいに行かないわけにはいかないだろうが、そんな日ができればず~っと来ないで欲しいものだと都合よく思っている。
枝豆で「ずんだ餅」を作った。もらっていた白いんげんを甘さ少なく煮たのでそれも一緒に盛りつけた。シンプルな食べ物、産地のわかる食べ物、料理過程がわかる食べ物、味に少々ばらつきがあっても、美味しいなァ~と食べられるうちは大丈夫・・・と思っている。
写真は「ずんだ餅」ともらった「アケビ」。アケビの皮は天ぷらになる。
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これも私が昔むかしに描いた小さなサイズの絵。
実家の母の居間の壁にかかっている。
パレットナイフも使って短時間に描いたものだった。モデルは実在したが「写真」
白黒写真のポーランドのEwa Margules という名前の女の子。だけど、私は「少年」を設定して色付けをして描いた。
子供の頃から写生などで、いつも入賞してクレパスや絵の具を賞状と一緒にもらっていた。
中学の時、描いた絵が、どういう経緯かよく憶えていないのだが、世界子供絵画コンクールに入賞したとの英文手紙が学校に届いたのを先生から見せられた。
美術の先生が何人かの数枚の絵を 多分・・・送ったのだろう・・。手紙には入賞者の作品を冊子に載せるので顔写真を送ってくださいとのことだと知らされ、何が何だかわからないまま、学校の制服姿で上半身を写真に撮って先生に渡し、忘れるくらい後になって学校に届いたのが下の写真の本だった。冊子の中には白黒とカラーとの絵画作品と英文の作文が収められていた。私は簡単に英語の先生から説明を受けながら受け取ったと思うのだが一切憶えていない。ただ、今なら自分で読むことが出来るので、少し書いてみる。
この図録には第16回コンクールに世界88カ国からエントリーされた115,000点の絵から入賞の375点の作品と2000点の中から選ばれた36点の作文が収録されていると書いてある。
中学になって英語を習い始めた私にとって、初めて身近に「世界」を感じた出来事だったが、この本に載っている私の作品は恥ずかしくてここには載せられない。兎にも角にも、私の手元には私の写真と一緒に世界中の幼児・子供の写真があった。この本をもらってから3年後ぐらいに写真を見ながら色をイメージして油絵の具で描いたのがこの小さな絵だ。額に入れた作品は保存が良い。私がその後描いた大きな何枚もの絵は木枠からはずして丸めたまま、まだ2階の仕切りの無い押入れに埃と一緒に眠っている。大きな絵は心象と呼ばれるジャンルのものが多い。自分で木枠にキャンバスを張り、グループ展や展覧会出品、小さな個展もやったことがあった。懐かしい思い出だ。あの頃のエネルギーはどこから出ていたのだろうか・・・?絵は結婚して二人目の子供が生まれるまで描いた。
年子の二番目が生まれてから、もう絵どころではなくなり、道具は全部押し入れにしまったままだった。絵の具は危険物。娘が生まれ、可愛い幼児期を描いたことなどはあるけれど大きい作品は30代に一枚描いてみただけで、それは満足できるものではなかった。
最近になって「眞理子さん、絵を描いて」と言われることがある。描きたい気持もあるが長いこと描いていないので、恐ろしさがある。小さいものからコツコツと楽しんで描ければいいかな・・・?いつか大好きな南昌山を組み入れた絵を描いてみたいという気持はあるが
こんなに・・こんなに、アクセクと慌しい毎日を暮らしていて・・・と思う気持があるのだ。
実際、特別何かをしているわけではないのだが、いつも時間に追われている感は否めない。これまで生きてきた中で「あの時点に戻りたい・・」ということは無いけれど、やり残てしまった思いはひとつあり、それを取り戻すべく、私は今回一つ行動を起こした。これからは今まで以上に忙しくなるに違いない。その行動の中で、絵を描きたい・・という思いが膨らんで強くなったら、また始められるだろう。
「眞理子さん、絵を描いて・・!」はエールとして、心に置いておきたいと思う。
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