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2008年6月

マイマイ

無農薬のイタリア菜、新聞紙に包んでビニール袋に入れ     003
冷蔵庫に一晩置き、昨日、昼ごはん用にビニール袋を開けた。
我が家はお昼ご飯がメイン。毎日仕事場から
夫と次男が帰ってきてご飯を食べる。
声をかけると聞こえるすぐ隣に住む義母の分も
そしてたまには飛び入りもやってくることがあって、
かなりのボリュームに違いない昼食を作っている。
蕎麦の葉、菊の葉は天ぷらに、鶏のもも肉は
お酒と、醤油、たっぷりの長葱みじん切りに漬け込んでおいて
唐揚げに。蔓からもいできたキュウリは酢の物に。
スナップエンドウは塩茹でにして、マヨネーズで。そして大根おろし。
サラダ用のイタリア菜を洗っていると中から小さなカタツムリが出てきた。
角が出るということは、畑で野菜を食い荒らすウスカワマイマイではないようだ。
冷蔵庫では冷えてしまったのだろう。動かないので、死んでるかな・・?と思ったが
洗い鉢からすくい上げると角を出して動き出した。
「・・君の仲間達、畑では高級品を食べてるよ。無農薬のイタリア菜だよ・・。
葉っぱ一枚おすそ分けするから、バイバイね・・。」
葉っぱにのせて外の日の当たらない草むらに置いた。
生き延びられるか・・??? あとは知~らないっ・・!
006

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どんなにきみがすきだか・・

6月は孫娘の誕生月。6歳になった。               Photo
来春には小学校に上がる。
ランドセル買って上げるからね・・と言った。
ジジはかわいいお洋服を、私は絵本をプレゼントに用意した。
大分早くから字を読んでいるので絵本はすらすら読める。
絵を描くことや工作が好きなので、プレゼントの中には「紙」が欠かせない。
カラフルなさまざまな紙はふんだんにあるのでいつものように入れてあげたが
「まりちゃん、折り紙の本も入ってたのに色紙が入って無かったよ・・・」
「あぁ・・折り紙は入れなかった・・。失敗、失敗・・ゴメンネ今度あげるね・・」
と言ったけれど、待ちきれない孫娘はきっと
入れてやった紙をどうにか工夫して色紙の代用にするだろう・・
私のねらいは・・本当は忘れたのではなく・・そうならいいな・・と思ったのだ。
日曜日遊びに来た彼女は弟にクワガタの折り紙を作ってやったと話した。
やったね・・!黒い紙を切って、クワガタを作ったんだ・・・

小さなサイズの絵本 「どんなにきみがすきだか あててごらん」
この言葉・・いいな・・・  
言っても 言われても きっと嬉しくなれる言葉ね・・  

2本あるゆすら梅の実が赤くなった。              Photo_2           
さほどおいしい実ではないが、
私はこの大きさと赤い色が好きだ。
なぜだか ゆすら梅という言葉の響きも好きなのだ。
三戸の祖母の所から母がもらってきて母の庭に植え、
その母のこぼれ種から出た小さな苗木をもらってきて植えた。
今年はびっしりと実がついている。
殆どは小鳥が飛んできて食べるが
日曜日 孫娘と一本分だけ実を採った。
甘くもなく、特別味も無いこの実を
孫娘は美味しいと言って食べた。
あまり食べるとお腹が痛くなったら大変・・と
ほどほどで食べるのを止めさせて、あとは焼酎に漬けた。
のんべい ではない私は、瓶に赤い実が漬かっただけできれいだな・・と満足し・・・
去年漬けたものも飲むことは忘れてしまっている。        Photo_3
ついでにフサスグリも採った。これは蜂蜜に漬けた。
メトロポリタンホテルのスゥイーツフェアに行った時、
フサスグリとブルーベリーとラズベリーののったケーキが
とても美味しかった。
あんなケーキを作ってみたいと思ったから、
「これでいつかケーキを作ろうね」と孫娘と約束した。

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イタリア野菜

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直土に植えられし種イタリアの
     夢を見るかや月星の夜

ほっこりと異国の土もやさしかろ
     畑を作る手もまた優し

イタリアを訪ねた証し種は今
     ルッコラ チコリ 食卓にのる

ほろ苦くめずらしき菜よ青々と
     なれのDNAは恋ほしイタリア



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大阪

6月14日、二日目の朝、岩手、宮城では大きな地震があったと心斎橋のホテルの朝食後に知らされ慌てた。如何せん電話が繋がらない。息子と東京住まいの娘にメールをして盛岡の状況を知らせてほしいと頼んだ。こんな時のテレビは一番被害の大きな部分を重点的に取り上げるので、状況がわからないままでは不安が募るばかりだった。幸い盛岡は震源地から離れていたため震度4で、後日家に戻っても飾り物一つも倒れてはいなかった。
しかし今でも大変な状況にある被災者の方たちには心からのお見舞いを申しあげたい。

上岡さんと千代美さんがホテルまで来てくれた。Photo
大都市大阪を一緒に歩き、
「ぼてぢゅう」でお好み焼きを食べ、
天保山にある海遊館に行った。
夫はこの日USJ内にある建物で全国から集まった同業者組織の総会、夜からのパーティの予定があった。
下準備もしないまま、どこへ行く当てもなく来てしまった大阪は途方も無く大きな街だった。
お二人と過ごした時間は私には安心のホッとした時間だった。
もともと人混みに酔う性質の私は人に・・というよりは「音」に酔ってしまったと言った方がいいだろうか・・?
街中のトイレにまで侵入してくる電子音、BGM,コーヒーを飲みに入ったお店でさえ、隣のテーブルの人の話し声ガ大きく、自ずとこちらも大きな声で話さざるを得ない状況は少々疲れた。
私が疲れた・・というものだから上岡さんは後で下のような人口密度の計算をしてくれた。
  盛岡市
    総面積   886.47km2
    人口    298,959人
    人口密度   337人/km2
 
  大阪市
    総面積    222.30km2 
    人口     2,649,601人
    人口密度   11,920人/km2
ちなみに
  横浜市  人口密度  8330人/km2
    東京都  人口密度  5880人/km2
    三田市  人口密度   542人/km2

大阪市は実に盛岡市の40倍弱の人口密度だと・・・・。
これで納得・・・盛岡にいてもデパートのセール日などは敬遠している私が
人や音に酔ってしまったのを許してもらえる理由が見つかったようでありがたかった。
大阪から何度も盛岡に遊びに来ているひかるさんは来るたびに逆に「どうしてこんなに人がいないの?」と驚いていたっけ・・・。人や音の多さに困ってしまった私だが、逆の立場の人たちはこの静けさ(もしかしたら活気の無さ)に困ってしまうのかもしれないと考えたりもしてみたものだった・・・。

街を歩くと、あきのさんたちが買ったという今流行のゴムのサンダルが店頭に下がっていて、千代美さんと「店によって随分値段が違う。ここはなんぼ?」「買うとしたら何色がいい?」「黄色だな」などと他愛も無い会話が楽しかった。

話は飛んでしまうが
今朝の地元紙に思いがけなく大阪のことを書いた記事が小さく載っていた。
見出しは”日本「最低峰」登山証5万枚”
標高4.5メートルで日本一低い天保山(大阪市)の「登山者」に出される登山証明書(手数料10円)が、近く5万枚を突破するとのこと。「最低の頂を極めたので、あとは向上しかない」とお守りにする人が多いとのこと。
江戸末期に川の浚渫(しゅんせつ)で出来た人工の山、天保山はあの大きな観覧車の後ろのほうにあったらしい。

夕方、上岡さんのアドヴァイスで海遊館から向こう岸のUSJまで行きのフェリーに乗った。乗船時間は10分ぐらいだったろうか。
明るいグレーのお洋服の上岡さんとグリーンの千代美さんが赤いシャツの私をずーっと見送ってくれた。                           Photo_3
遊覧船で見上げた赤い橋は大阪湾岸高速道と言い、
翌日帰りの飛行機のために関西空港に向かう時、
バスで通った。
特別な親しみを持って長い長い橋を渡った。

USJではトワイライト入園料を払い、パーティーには参加せずにフラフラと過ごした。
外から見るのとは違い、入園してみると巨大なゾーンだった。
閉園時間は8時。7時半から                Photo_2
ピーターパンの屋外アトラクションが
あるというので、夫にメール。
何メーターあるか分からない高い所に
ワイヤーが張ってあり、かなりの距離
ピーターパンはこのワイヤーで飛んだ・・。
数え切れない大勢の見物者に混じって
フック船長やウェンディー、ティンカーベルたちの
花火混じりの華やかな歌や踊りを見た。そして
下から口を開けて夜空に見上げた飛んでるピーターパンは、かろうじて小さくカメラに写っていた。
携帯の電池がなくなりそうだった。パーティーを早めに抜け出して、どこかでピーターを見ているかもしれない夫たちと、やっと出口で待ち合わせを約束して安心した。

ゾロゾロと・・ゾロゾロと・・電車まで繋がって歩き、つり革につかまって・・どこまで乗ったっけ・・?梅田だった・・?キチロウさんが、私たちにもう少し付き合ってほしいと言った。
もう私はついて歩くだけだった。大阪で働いているというキチロウさんの従弟さんと待ち合わせ居酒屋でひと時を過ごし、
キチロウさんが、どうしても行きたいというKENTO'Sに同行した。
オールディーズのライブハウスだ。昔盛岡にもスゥィングという同じような店があって何度か行ったことがあった。懐かしい60年代のポップスを聴きながら楽しく時間を過ごした。
前日は「いけだ」でおいしいご飯を食べた後、夫と共に北新地に誘われてピアノの弾き語りを聴いた。二日続けて午前様。エキサイティングな大阪をたっぷりと堪能した。
私の疲労度はピークだった。           2008615_2
3日目は夫やキチロウさんと街を歩き
3つほど訪ね、早めに空港に向かった。
17時の飛行機。6時半には花巻に着き
高速で盛岡へ向かって走った。草の匂いがした。
前方に岩手山が見えるとやっと帰ってきたと
実感。静かな岩手山だ。
 

一昨日
千代美さんから、収穫したばかりの立派な玉葱と              002_2
お好み焼きの材料、黒豆のお煎餅などが届いた。
同じ「粉モン」でもこちらは蕎麦やひっつみ(すいとん)
関西はどこの家庭にもたこ焼き器とお好み焼きを
作る道具は揃ってあるらしい。
我が家、土曜日の今夜はお好み焼き・・・。
そしてビール。
ありがと~~~ぉ !

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そうさなぁ・・・

Photo_2














ひかるさんが持ってきてくれたカナダワインの入った袋の中に、たった一個ポロンと入っていたアンデスレッドじゃがいも。なんだかホゥ~っていうようなお顔にも見えたりして・・・。好きな場所は・・?って問われたら何と答える・・?好きな場所・・?そうさなぁ・・・それぞれ違うさなぁ・・・・と 低く くぐもった声か・・?悟ったように穏やかに見えるアンデスは、結局・・・答えない。
子供時代の好きな場所は思い出の中にあってしばらくぶりに訪ねてみると、高速道路がすぐそばを通っていたりして、桑の実を食べた山道はもう無い。大人になってからは・・と目を閉じて思い出してみる・・・。好きな場所は全く音が聞こえなかったり、時には鳥や蛙の声が聞こえたり、もしかしたら場所ではないのかもしれなかったり・・・自分だけのもので、人には説明できないものだから・・・だから・・「とくべつ」なものなのだと思ったりする。
アンデスじゃがいも・・・は 静か・・・・・口を開かない・・。・・・何も話さない・・。

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一週間ぶり

大阪から帰ってきて、なかなかゆっくりパソコンの前に座ることが出来なかった。雑用、来客、どうしても出かけなければならないこともあり、月曜日、火曜日の疲れは、ピークに達していた。火曜日午後は岩手大学の留学生と勉強しながら、後頭部がズキンズキンと痛くなった。やっと終えて、急ぎ買い物へ。そこでふっと目に入ったのが店内コーナーに設置してある血圧計。思わず腕を差し入れて暫し呼吸を整えて測った結果が左の数字。いつもは120-70ぐらいで安定していて、血圧の心配はしたことがなかったが、150という数字は初めて見る数字で、これはイカン・・と思った。健康だけが取り柄。薬は風邪をひいた時ぐらいでサプリも一切飲んでいない。健康を過信しているか・・・?帰って来てから歳のせいか今までに無いくらいの疲労感があり、ずっと早寝を心がけ、一旦眠ってしまうと目覚ましが鳴るまで目を覚まさない私はしっかり8時間の睡眠をとっていた。今日は父の月命日。昨日母から一緒に行こうと電話が来ていた。午後お互いの庭から花を持って今月も一緒に行ってきた。お寺のあとは南部家ゆかりの榊山稲荷神社へ寄り道し初めて・・という母は喜んだ。買い物は午前中済ましたけれど卵だけ買い忘れたという母を連れて火曜日の店にまた行き、私は早速血圧計の前に座った。今日測った数値は右側、いつもの数値。数値が絶対正確なものとは限らないと思いながらも、何となくホッとした。昨日は来客の話を聞きながら、ス~っと眠ってしまいそうな状態だったが、今日は大分疲れがなくなったように感じる。さ・・それでもそろそろお風呂に入って眠らなければ・・。書きたいことはいろいろあるけれど・・無理は禁物。健康でいたい。・・・・・おやすみなさい・・・だ。

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大阪へ

今年は大阪の会議出席の夫に誘われて今日から2泊3日大阪へ。10:20花巻発の飛行機で関空へは12:05着。チサンホテル心斎橋宿泊。短い旅でも 大阪の風に吹かれて歩けば、大阪の賑わい、人々の声、歴史・・いろんなことに触れられるに違いない。友人達に会えるのも楽しみだ。帰りは日曜日17:00関空発18:25花巻着。いってきます・・・

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SEXY

   石川 セリ  SEXY

こどもみたいに  わらうあなたが
きゅうにだまって SEXY

たびにでるなら  よるのひこうき
つぶやくあなた  SEXY

よるのふかさに  ふたり とけてゆくのね

あいのことばは  みつめあうこと
ふたつのこころ  SEXY

あいのくらしに  すこしつかれた
あなたとわたし  SEXY

あしたのことは  だれもしらない
だからこんやは  SEXY

よるのふかさに ふたり とけてゆくのね

あいのことばは  みつめあうこと
ふたつのからだ  SEXY


........

今夜はお星さまが見えた赤い半月を見ながら帰った。のんびりと夜の時間を過ごし、真夜中になってテレビから23年ぶりに活動を再開したという石川セリの歌声が流れてきた。大きな病気をしたという。映像から見た声は痛々しいくらいに 出ていない。配信用で聴き直した歌はクリアーでSEXYだった・・・。歌詞とメロディーも SEXY。私も 低い声で口ずさんでみた sexy ............

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草取り ”楽っこ”

ご近所の方たちは「今回はもう出なくてもいいから」と、わざわざ母の所に言いに来てくださったようだが、日曜日、晴天・・・こんな時しか皆さんと お顔を合わせてお話できないからと、また6時からの草取りに出かけた。「じゃぁじゃっ・・いい物持ってきたな・・!?」と皆さんが興味深そうに寄ってくる。「もう少し腰掛部分が高くないとダメだなぁ」「でも高すぎると屈むのが大変ダヨ・・」どなたも腰が痛い、膝が痛いの経験の持ち主さんたち・・・。私の感想は・・なんだかのんびり座って草取りしてられない・・・ダ・・。植木の間、びっしりお花が植えられたすき間の草を抜く時には適さない・・・。ひとりで のんびり我が家の私道の両脇の草取りをするのには適していると思った。

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昔むかし、私がまだ10代の頃、クロッキーブックに描いた6歳4ヶ月違いの兄。鉛筆ではなく石膏デッサン用木炭で描いているので飛んでしまった部分もあるかな?コタツかテーブルの向かいに座った兄を 短時間でサッサッと描いているはずなので、余計な線がいっぱい・・。むかしのスケッチブックや、クロッキーブックを引っ張り出して見てみると懐かしい。兄は父の転勤があったので高校時代から下宿暮らしで私たちとは離れていた。大学は東京。だからたまに家に戻ってくると、なぜか恥ずかしかった。足が速くて短距離の選手。いつも新聞に記録が載っていた。「加山雄三に似ている」とよく言われていたが、中年になってからはゴルビーことゴルバチョフに似ていると言われるようになった。そう言われる時、兄はヒッヒッ・・と独特の笑い方をした。盛岡の中心部で今も堅い仕事に就いている。何年も前のことになるが、友人と街を歩いていて兄とバッタリ出会ったことがあった。ひとしきり立ち話をして反対方向に分かれてから、友人は「ハンサムなお兄さんね・・」と言ったっけ・・。

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つまんないじゃないか・・・!?

「あのね・・」って言ったら「うん?なぁに・・?」って言ってほしいじゃないか・・「あのね・・」って言っても何にも返事しないんだもの・・ボクがジィ~っと目を見つめたら、ボク以上にジィ~っと見つめ返すとかさ・・もしか・・恥ずかしそうにうつむくとかさ・・ピンク色してたって・・君は何・・?ブタか・・?おかあさんはボクに友だち作ってあげようと思ったか知れないけれど、ホラ・・こんなボクじゃ・・車道に転がった君を助けてやることも出来やしないじゃないか・・・だいいち・・「あなた・・助けて頂戴・・」とも言いやしない・・・反応無いヤツは嫌いなんだ・・・・一緒に遊ぶことなんてできやしない・・・ふんっ。お母さんがきて「あらあら・・まぁ~」って大げさに困った顔をするまで、そこに 転がってな・・!!!つまらない・・つまらない・・・散歩に行きたいよ~~~!通りかかる人もボクに声なんかかけないジャン・・少しは気にしてくれるかとおもって・・段ボール箱のシーツ引っ張り出してみたけど・・やっぱり誰も立ち止まって頭なんか撫でてくれやしない・・。ボクはよっぽど反抗期にでも見えるんだろうか・・?目が合ったらガン飛ばされるとでも思ってるんだろうか・・?ボクはさびしくて、暇を持て余して・・つまんない・・つまんない・・・。水の入ったお皿なんかとっくにひっくり返したサ・・!手じゃなくて・・足で蹴っ飛ばしたんだよ・・!天気占いにね・・。逆さにひっくり返ったままだから・・ヘン・・明日はドシャ降りだいっ・・!道路の向こう側で、信号が赤なのをいいことに、車の中からこっち見て笑ってるおばさんがいるよ・・・。ボクはこの綱・・ほどけたらいいなァ~緑の中、思いっきり走りたいナァ~と時々おもうんだけれど・・ネェ・・わかってくれる・・?なんとか言ってよ・・・。おばさん 名前は・・?アレッ・・?それ なあに・・?ボクを撮るの・・?ボク・・うれしいヤイ・・!少しポーズでもとってみようか・・?おばさん・・・後ろに車が来ないから・・青信号なのに走らずに一つとばしちゃったでしょ・・・?ボク 遊びたいな・・頭もホッペも撫でてほしいんだ・・わかる・・?ねぇ・・わかってくれる・・?写真に撮られるんだったら、転がってるこいつら ボクの周りに行儀良く並ばせたかったな・・・ハイ・・チーズ・・ってね・・。
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今日の岩手山

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台所に立ちながらラジオを聴いていると、Yアナウンサーが「今日は岩手山もくっきりときれいに見えてます~」とリスナーのファックスを読み上げている。見たいぞ・・・と心がすぐ反応する。稲がからりと並んだ向こうに見える岩手山は雪が消え、裾野から上に向かって大分 緑が濃くなってきた。用事を済まし、夕方母の所へ向かう時橋の上からヒョイと見た山のてっぺんはもう雲の中でおやすみなさい・・を言う今になって ポツポツと雨の音がしてきた。明日は、ず~っと忙しかった夫がやっと 今年初めての安比のゴルフコースの日だというのに・・・

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浦島太郎

50課まであるレッスンの41課、提示されている言語行動目標は・ 上下や親疎の関係をわきまえた授受表現を使うことができる。・ 丁寧な依頼ができる  課の終りの練習問題の後ろに日本の昔話として「浦島太郎」があった。 *************************************
昔、ある 所に 浦島太郎と いう 若い 男が いました。ある日 太郎は 子どもたちに いじめられて いる かめを 助けてやりました。 かめは 「助けて いただいて、ありがとうございました」と 言って、 太郎を 海の 中の お城へ 連れて 行ってくれました。そこには とても きれいで、 優しい お姫様が いました。太郎は 毎日 楽しく 暮らして いましたが、うちへ帰りたく なりました。 帰る とき、 お姫様は お土産に箱を くれました。でも、絶対に 箱を 開けてはいけないと 言いました。太郎は 陸へ 帰りましたが、 どこにも うちは ありませんでした。道で 会った 人が 300年ぐらいまえに浦島太郎の うちが あったと教えて くれました。 太郎は 悲しく なって、 お土産の 箱を開けました。 すると 中から 白い 煙が 出て、 太郎は 髪が真っ白な おじいさんに なりました。 ***********************************************

1) 太郎は どうして かめを 助けて やりましたか。・・・
2) 太郎は かめと いっしょに どこへ 行きましたか。・・・
3) 太郎は どのくらい 海の 中に いましたか。・・・
4) お土産の 箱の 中身は 白い 煙でした。
   白い 煙は 何だと 思いますか。・・・

とてもとても難しいではないか・・・。子供の時なら 、や・・大変・・あら、かわいそう・・だけで済んでたはず。いいことをした人へのお礼やお土産がこんなことに・・・?白い煙は 煙として飛び去った”若さ”や”時間”を象徴するとしても・・この物語について話し合ったり理解したりするのは とても難しい。文献に一番最初に現れる浦島太郎=浦島子は「日本書紀」のものだという。「絶対に開けてはいけません」と言われたのに開けてしまったこのお話は 「絶対に見ないで下さい」と固く禁じられたにも拘らず覗いて見てしまった与ひょうの「鶴の恩返し」の物語りをも思い起こさせ、「悪し」・・と言えない私は かなしくなってしまうのだ。玉手箱、開けなかったらどうなったろう・・?つう の機織姿を覗き見しなかったら物語りはどう展開したのだろう・・・?鳴呼・・・わたしたち・・・

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イタリアの種から

007 イタリアのマンマの住んでいたリヴォルノという町で、予定が無くなってフラフラと散歩して歩いた日、「BIRICOTTI」という園芸店に行き花と野菜の種をいっぱい買った。お土産としてあげた友人が大きくなったからと、わざわざ持って来てくれた。つぼみ菜のような形で食べてみると味はクレソンに似ている。日本にはない野菜だ。苦味があるのでソースを工夫したサラダか肉料理の付け合                        せに合いそうだ。
マンマの家からああ行ってこう曲がって・ミモザが咲いている道をながいことかかって歩いたっけ・・思い出が甦る。こうして小さな種から立派な野菜がちゃんとなった。一人の夕方、いろんなことを考えて、喉の奥が詰まってノスタルジック、センチメンタル、メランコリー・・ふっ・・逢えたらよかったな・・と 恋しい涙が出た。

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草取り用に

Photo 6月1日(日曜日)
母の町内の公園の草取りの日。
昨日からの雨は明け方5時ごろには止んで、6時の開始時間に間に合うように車で出かけた。一人暮らしの母だから、公園の草取りと公民館掃除には私が代理で参加してきた。会長さんやご近所の皆さんには「母がいつもお世話になってます」のご挨拶は欠かせない。皆さんが三々五々集まって来られたが、町内会長さんが「今日は草木が濡れていて、足元も悪く、風邪をひいては困りますので、草取りはまた来週にしましょう」と大きな声をかけた。あ~ぁ・・私は内心、ガッカリした。母の所には買い物やお寺参りなどで度々行ってはいるが、実は私は早朝が苦手だ。平日は6時に起きる。私ぐらいの年齢の人たちが言うのは朝早く目が覚めて寝ていられないという言葉だが、私はそれがわからない・・。いくらでも寝ていられる。一度も目を覚まさずにだまっていたら10時間でも寝続けられる。そんな私だから、日曜日の朝だけはのんびりゆっくり起きたいのだ。生活のリズムの中に日曜日の寝坊はしっかり組み込まれていて、それができないとなるとなんだか身体が休まらない。今朝は5時前には起きていた。コレがまた来週もとなると・・あ~ぁ・・なのだ。お隣のSさんもIさんも「いつもわざわざ来なくていいから!来週はもういいよ!」と言ってくれるが、多分また出かけてしまうのだ・・・。
3月頃から両膝が痛かった。誰もが経験していると聞く。一週間に一度ずつヒアルロン酸の注射を5回続けた。やっと何とか自然に動けるようになっていたが、私が歳なりに膝が痛くなっていたのを知っている夫は半月ほど前のある日「安かったよ~。おかあさんの分と二つほしかったけど一つしか残っていなかったよ」と大きな車のついた「楽っこ」というものを買ってきてくれた。ホーマッ○で977円だったという。腰かけてみると安定感があって移動も楽だ。長時間しゃがむ姿勢には確かに便利。カッコウなど気にしていられないね・・。私は今日の草取りをこれの使い初めの日にしようとも思っていたが・・・まぁ・・いろんな意味で残念な日だった・・・。
母が朝ご飯を食べていけ・・と言った。
五穀米、ジャガイモと大根の味噌汁、庭の蕗をミガキニシンで煮たもの、人参と豆腐の白和え、目刺し一本に大根おろし、イカの煮付け、キャベツの浅漬けそしてデザートに庭から摘んだイチゴ。立派なご飯だ。買い物を一緒にしていても食べ物に気をつけていることがよくわかる。このまま元気でいてほしいと心から思った。
「足元に気をつけて転ばないでね。ガスの火にはくれぐれも気をつけてね」と帰り際に言ったが、以前だったら何か言うと必ず怒られたが、最近は「そうする」と言う。
庭から蕗と菊の葉、柿の葉(どちらもてんぷら用)をもらってきた。なんとなく母は私もよく気をつけて身体にいいものを料理していると思ってくれているように感じることがある。

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