祖母
書き始めたのにきちんと締めていないことが気になっているがどうやってオシマイにしたらいいのか迷っている。思いつきだけの私だ。考えてみると亡くなってから27年にもなるのに、私はなにかにつけて未だに祖母を度々思い出す。「シメ」ができないのは私の中にまだ祖母が存在するからなのだろうと思うに至った。人には寿命があって、いつかは必ず誰もが死を迎える。けれども私がこうして祖母を思い出すうちは祖母は私の中に生きていることになるのではないだろうか・・・?死んでもなお、祖母からの教えや戒めは威力を保っている。手足は不自由だったが、きれいで(誰もがそう言っていた)聡明で強い人だったと思う。家に来られたお客様はみなさん、祖父と同じように祖母にも挨拶していた。ふっと祖母は「座敷童子」のような存在だったのではないかとこれを書きながら今思った。ザシキワラシは家の守り神、福をもたらし、ザシキワラシのいる家は栄えると、民話に伝えられている。祖母のいる頃の家は活気があった。時代の流れは移ろうのが常だけれど、思い返すと光が当たったように輝いている時代の思い出の中にさらにキラキラと祖母の姿が見えてくる。偉大な祖母だったと思う。翻って私にも孫達がいるわけだが・・・彼らの思い出の中に私は存在出来得るだろうか・・・?自信がないな・・。特別なことは何も出来ないけれど、せめてケーキ作りの仕上げにイチゴを並べたとかガンヅキを作る時、粉をかき混ぜたとか・・・覚えていてくれたら嬉しいな・・。子育てという作業から一つ抜けたプラスアルファの部分で孫達に関わっていけたら嬉しいことだろうと思う。
| 固定リンク

























